55日目

2020年5月31日。

昨日は土曜日だった。

最近、週末は必ず自家用車でドライブすることが我が家のルーチンだ。

しかし昨日は終日家で過ごした。

いつも出掛けたがるパートナーだが、自ら今日は家で過ごそうと提案した。

きっと先週のことがあるのだろう。

先週、パートナーの批判的な言動は私にとってストレスであると話した。

パートナーの性質は以下だ。

良い点
・自己肯定感が強い
・好奇心旺盛
・飽きっぽい
・向上心が高い
・知識欲が強い
・論理的思考が得意
悪い点
・批判的
・率直
・納得しないと動けない
・短気
・攻撃的

パートナーは私に持っていない、尊敬できる点がたくさんあるが、攻撃性が高い側面がある。

私の弱い部分、抉られたくない部分を、容赦無くついてくる。

それはいつも正しく、論理的で、合理的な、否定することが一つもない完璧な意見だ。

だからこそ苦しいし、辛い。

論理的で、合理的で、完璧できはなくても、感情を優先した考えが私にはある。

それが私らしさでもあると思うのだが、パートナーはそれを認めない。

パートナーは私を否定したいわけではない。

しかし、自分の頭で納得できないことは、私の意見でも受け入れることはできない。

きちんと説明して納得できる論理的な考えを求めているのだ。

どっちが正解とか不正解とかではない。

ただ理解したいだけ、のようだ。

だが、私にとってはそれが苦しい。

私は相手の気持ちを慮り、納得することを求めないこともある。

私の周りもそうであった。

必要以上に相手に踏み込まないで距離を置くことが普通だと思っていた。

しかし、パートナーは関係性が深くなればなるほど、踏み込んでくる。

それはパートナーが信頼した相手だからこそ、相手を知りたくて、自分のことも知って欲しくて、踏み込んでくるんだろう。

そこに悪意はない。

むしろ好意だ。

それをわかっていても、自己肯定感がない私は、ナイフで刺されるように傷つく。

パートナーの論理的な思考を求める質問は、私の全てを否定しているようで、生きている価値を否定されているように感じてしまう。

また、パートナーは全てを批判的に捉える癖がある。

目に見えることを批判的に口にする。

パートナーとしては、批判的に見ることで最悪の事態に備えられる。

そうすれば動揺しないし、期待が外れることはない。

本当にそうなると思っているわけではなくて、そうなる可能性が1%でもあるというだけだという。

本人はそれでいいかもしれない。

不安を最小限にできるだろう。

しかし、隣にいる人のことを考えたことがあるのか。

毎日、常に、批判的な発言を聞く。

気持ちが落ち込むのは当たり前ではないか。

楽しいことでも、リスクの話ばかりされたらどうだろう。

例えば、海外旅行に行くとする。

行きたい場所やしたいことなど楽しい想像に胸が膨らんでいるときに、飛行機が墜落する可能性や強盗に遭う可能性などリスクばかり話されたら?

私でなくても、誰でも落ち込むのではないか。

リスクを想像することは大事だ。

でも、口にする必要があるのか?

その必要があっても適切な言い方や量、タイミングがあると思う。

子どもや相手が未経験の分野のことなら、やや多めにリスクを共有する必要はあるが、そうでなければ、配慮すべきだ。

自分が不安だからと言って、発言したら相手がどう思うか、それはよく考えて欲しい。

まぁ、先週このような話をした。

もう少しマイルドに、パートナーが誤解したり傷つかないように言葉を選んで話した。

そのせいか、それ以降は批判的な発言はほとんどないし問い詰めることも減ったように思う。

それだけ気にしてくれてありがたい。

大体そう言った批判的で問い詰めるような発言は、外出で起きやすかった。

目につくものも多くかんがえること、思うことも多いからだろう。

それで、今週は家にいることを選んだようだ。

あえて尋ねはしないがそうであろう。

・・・。

遠出はいつになることやら。



話は変わるが、首が痛い。

首というか、首を後屈すると左の肩甲骨と肩の間に激痛が走る。

昔からこのような痛みは時折ある。

だから緊急を要する疾患や状況ではないことは確かだ。

整体やトレーニングに通っても一向に良くならない。

原因としては、首が細いこととストレートネックが考えられる。

以前オーダーシャツを作る際に、測定してもらったら、テイラーさんに平均より細いと指摘された。

また、ストレートネックも整体などで指摘されがち。

この二つが相まって、首への負担は大きいのかもしれない。

本当はネックカーラーがあるとすっごく楽なのだが、あれは最終手段な気がする。

今からつけてしまうと、筋力も落ちるであろう高齢者になったとき、辛い気がする。

上を向けないのは辛いが多分3日もすれば寛解すると思うので、我慢しよう。

ヨガが唯一の趣味、兼、できる運動なのだが、ポーズによっては首の負担が大きいので注意が必要だ。

ヨガを思いっきりできるように、早く首を治したいな。

でも、首だけではなく体調全般に対して言えることだが、夜勤を辞めてからかなり改善したし、看護師を辞めてからはさらに良くなった。

あの頃に比べたら、今の不調なんて不調に入らないだろう。

看護師の仕事は本当に体に良くない。

看護師について、ここでは書いたことがなかったので、少し書いてみようと思う。


看護師にどのようなイメージをお持ちだろうか。

よく言われる良いイメージは以下。
・女性らしい
・優しい
・白衣の天使
・清潔そう
・稼ぎが良い
・真面目でしっかりした職業
・職にあぶれない
・医者と結婚できる

上から3つ目までは確実に妄想だし、4つ目は場合による。

5つ目は30代以降はそうでもないし、6つ目はまぁ、人と専門分野による。

7つ目だけは、その通り。

8つ目はそれはレアケース。

次によく言われる悪いイメージは以下。
・忙しい
・夜勤怖そう
・お化け見るんでしょ

1つ目はその通り。

2つ目は夜勤は楽しいことが多い。

3つ目はそれは超レアな人のみ。

まとめると・・・

完全女子社会の縦割り体育会で、超閉鎖社会。

同年代と比べて稼ぎがいいのは最初だけで、30代以降はむしろ普通だし、完全年功序列制なので頑張りは給料に反映されない。

日常業務は下の世話がとにかく多く、排泄物が付着するのは日常茶飯事w

一見真面目そうな仕事かもしれないが、美容系はチャラい。

医者と知り合う機会は多いが、医者は医者同志結婚するし、看護師とは不倫が多いw

専攻科を選ばなければ全国どこでも働けるが、激務は確実。

高給でありたければ、激務と夜勤は必須で、お化けなんて見て躁いている暇なんかない。

唯一夜勤は患者が寝ていてくれるので、ほっとする瞬間でもある。

こんな仕事、好きでなくてはできない。

それでも20代までかなと思う。

それは健康面がいちばんの理由だ。

私は夜勤ある大学病院の病棟に7年勤めた。

その間、生理がホルモン剤なしできたことは一度もなかった。

万年腰痛、肩、首こりに悩まされ、鎮痛剤とリンパマッサージが良いが欠かせなかった。

体はつねに浮腫んでいて、パンパンで、夜は着圧靴下着用の上、下肢挙上しないと寝れなかった。

食生活もバラバラで、過食拒食を繰り返していた。

便秘がひどく、下剤が手放せなかった。

こんな体の状況で、働く必要があるのか。

私はこれに耐えられず、日勤だけのクリニックに移動した。

それでかなり体は改善されたが、そこも辞めたら全ての症状がなくなった。

今はとても健康だ。

看護師は大好きな尊敬できる仕事だが、私は自分も大切にできる仕事を今はしたいと思う。





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